Perfoming Arts Critics 2013

若手の書き手によるレビューブログです。2013年11月から12月に上演される舞台芸術作品についての批評を中心に掲載していきます。

文字と共に旅をする

 観客が劇場に入ると、目の前には大きな二枚の絵画がぶらさがっている。片方はしっかりと枠に貼られているキャンバスに描かれているが、片方は枠無しである。両方の絵に描かれているのは、本作、『光のない。(プロローグ?)』の戯曲の文章である。正しく言うと、それぞれ白と黒の紙が絵の中に描かれており、その紙の上に文字が書かれている。色的には対比を成しているこの二作であるが、キャンバスのことにしても、この二作は対称的な関係にある、とは明言できない。私は少しの腑に堕ちなさを感じつつ、さらに展覧会形式になっている劇場内を進む。するとさらに絵画作品、写真、立体作品と順に出会っていくことになる。そのどの作品にもいろいろな方法で文字が登場する。時には絵の具で描かれていたり、写真の中に映っている窓に刻みつけられていたり……。


 この作品中では、戯曲が「文字」という目で見える形になり幾度も登場している。のちに、展覧会場に躍り出てきたゴリラが振り回す牛の死体にも、音楽を奏でるゾンビリコーダー(※)が据えられている台にも、文字(文章)が張り付けられていた。公演の後半に登場する映像の中でも、首から上がゴリラである人(?)物の手のひらに文字は書きつけられている。しかしながら、文字は必ずしも読まれなければならない存在としてあるわけではない。それは私たち観客の動きの自由さにも理由がある。


 まず、固定された展示作品を見るときに、観客は動いて観て回ることが求められる。しかも自由に。作品を眺める時間も、観る順番も自由だ。この作品には観客席というものは用意されていない。ゴリラが登場した後も、基本的にはどこで立って観ていようとも構わないといった内容だ。もちろん技術的な面で多少ここには立ってはいけない、という制約が発生することもあったが、観客全員に強いられたことではないので割愛させていただく。


 ただ公演後半になるとその自由さにも少し制限がかけられる。劇場に白い幕が引かれ、そこをスクリーンとして観客たちは被災地をロケ地とした映像を観る。映像を前にして、わざわざ動き回る人はいないであろう。皆一様につったってスクリーンを観ることになる。その後にはもともとあった展覧会場が復帰し(公演序盤で取り払われていた)、観客たちは誘導に従ってラストシーンを観るための場所にぞろぞろと移動することになる。どこからでも観て良いですよ、という状態に対し、こうやって、こういう順で観てください、というゆるやかな誘導が挿入されたのだ。


 そのような、制約されない「さまよう」動きがあり、そしてのちに制限が加えられる、といった構図は、そのままこの作品に登場する「文字」の状態に酷似している。冒頭でも語った通り、「文字」は何かひとつの規則の中で展示品の中に描かれているようではない。そして絵画から写真、はたまた立体作品の中までをも行き来する。いろんな場所で撮影されたであろう写真の印象もあり、「文字」がふらふらと旅をしている、そんな感覚に私はとらわれた。ひとつの媒体にとどまることなく、牛の死体をはじめいろんな場所を「さまよう」のだ。観客はそのような「文字」の態度同様、この震災に関する物語をふらふらと旅していくことになる。しかし作品の最後になると、観客に読んでもらうことを明白に意識した「文字」が提示される。「光のない。(プロローグ?)」。ラストシーンで観客は、大量のブルーシートに包まれた土(であろうと予測されるもの)、そしてその土の中心で苦しそうにもがくゴリラの姿を見せられることになる。そのシーンの奥の壁に、本作の題名がでかでかと書きつけられているのだった。


 判然としない「文字」の旅はそのラストシーンで終わりを告げる。その時点で動きの誘導に合っている観客たちも、「文字」――イェリネクの戯曲と共に作品をさまようことをやめていると言える。しかしながら、観客は作品を見終わったあと、その場を立ち去るという動きをしなければならない。もはや固定されてしまった存在である「文字」やブルーシートたちと離れ、旅を続けなければならない。観客と同じく「文字」が書きつけられていなかった生物であるゴリラは、ブルーシートの中心で苦しみながら地の底へと消えて行ってしまった。残された私たちは、「震災後」という世界をさまよい生きていく現実に直面しているのだ。それは当然の事実でもあるのだが。



※……音楽を担当した安野太郎により制作されたもの。人ではなくコンピューター制御により、リコーダーが演奏される。

 

徳永綸(とくながりん)

1992年生まれ。町田在住。横浜国立大学教育人間科学部人間文化課程3年。

昨年度のブログキャンプに参加。2013年前期KAATインターン生。