Perfoming Arts Critics 2013

若手の書き手によるレビューブログです。2013年11月から12月に上演される舞台芸術作品についての批評を中心に掲載していきます。

交差点を具現化した演劇

フェスティバル/トーキョーの会期が始まるより前、『四家の怪談』チケット早期購入者特典として、今回の公演の台本となる小説が郵送されてきた。「東海道四谷怪談」をもとに中野成樹が書き下ろした創作民話だという。

以下、簡単なあらすじである。足立区五反野に住む大学生の岩は、北千住のバイト先で知り合った伊右衛門と半同棲状態になる。が、伊右衛門には前の勤め先で社内結婚をした妻の花がいた。それを知った岩は復讐を企てるものの、実行には移さないまま時が経ち、段々と二人の仲は回復していく。しかし、伊右衛門は花のもとに戻ると岩に別れを告げ、岩もそれを応援する。その後伊右衛門夫婦の間に生まれた子どもたちは偉大な人物となり、その兄妹の誕生日(岩と伊右衛門が別れたのも同じ日)である11月30日は祝日となった。

さて、この『四家の怪談』は、五反野駅近くにある四家の交差点をキーポイントとして北千住・五反野エリアで行われるツアーパフォーマンス作品である。中野成樹、長島確を中心に、写真やデザイン、音楽などさまざまジャンルのアーティストたちによって結成された「つくりかたファンク・バンド」の作による。新宿区四谷エリアで行われる『四谷雑談集』と対になっており、期間中はこの二作品が日替わりで交互に上演される。

公演当日、観客は、中野と長島による30分程度のトークを聞いた後、小説と当日渡される地図を手に各自ツアーを行う。(早期購入者以外の観客は、小説も当日受け取る。)地図には、まちなかで見どころとなるような箇所と、集合場所をスタートしてから四家の交差点にゴールするまでの道順が記されている。「いい感じの高架下」「いい感じの飲み屋街」など、小説のなかには登場しなかったまちなかの風景も見どころのひとつとして示されている。ツアーのオプションとして、中野が即興であらすじを説明する「あらすじライブ」、集合場所から北千住駅まで案内する「最初だけガイド」も用意されていた。

私は、「あらすじライブ」「最初だけガイド」に参加した後、ほぼ地図に記された道順に従って歩いていった。もし、地図を手渡されないままこの小説の舞台となった場所を歩いてみるという企画だったとしたら、私はもっと四家の交差点周辺を歩き回ったのではないかと思う。地図の道順は小説には出てこなかった千住エリアを多く歩きまわるように設定されていたため、それに従っていると物語に寄り添って歩いている気がしなかった。ただ、岩や伊右衛門、花が住むまちのなかで時を過ごしただけだった。しかし、時折、小説のなかに挿絵がわりに差し込まれているひとコマ漫画と似たような風景を見ると、小説と、私が歩いている今とが少し交わるようだった。

生まれてから今まで過ごしてきた時間、それを物語とするならば、私の物語は、家族や友人、同僚や上司といった周囲の人の物語と少しずつ交わりながらできている。そして私と交わっている皆が、また違う場所で別の誰かと交わっていて、そういう個々人の物語の交錯の積み重なりで、社会や歴史は構成されている。同様に、この公演を通じて、岩の物語も、私の物語とほんの少し交錯した。

岩の物語と私の物語が交錯するのは、何もこのツアー中の時間だけには限られない。あと一週間ほどで、岩と伊右衛門が別れのちに祝日となった11月30日になる。その日、きっと私は岩のことを考えるだろう。ツアー中の、まち歩きを楽しみつつたまに岩の物語と交わる状態と、いつもの生活を送りながら11月30日にふと岩のことを思い出す状態と、両者に違いはあまりない。どちらにおいても、岩や伊右衛門は俳優の身体を借りては私の前に現れず、私の空想の中にいたからである。四家の交差点はたしかにゴールとして地図上で示されていた。ツアーとしてはゴールをすればその時点で終了なのだろう。しかしツアー中同様、岩や伊右衛門が私の中にいるということは、上演はまだ続いていてこれからも続いていくということではないだろうか。

最後に、小説の冒頭部分を引用したい。

四家の交差点は六叉路になっている。(中略)どこからでもやってこれて、どこへでも行けるといえば聞こえはいいが、その場所自体を目的とすることはほぼなく、みんなただ勝手に通り過ぎるほんの束の間、信号待ちのわずかな時間だけをいっしょに過ごす、そんな場所だ。

「東海道四谷怪談」の元とされる「雑談集」が書かれた1727年頃からこの『四家の怪談』までさまざまに語り継がれてきた岩の物語。それとひとときだけ交錯する観客の物語。

『四家の怪談』は交差点を具現化した演劇だったのだ。

 

今泉 友来(いまいずみ ゆき)

1984年生まれ、神奈川県横浜市出身。都内在住の会社員。「アートアクセスあだち音まち千住の縁」ボランティアチーム「ヤッチャイ隊」所属、千住ヤッチャイ大学実行委員。2012年Blog Camp in F/T参加、2013年「したまち演劇祭in台東」応援部に参加。@